後悔

なんだか重たいタイトルですが(-.-;)


後悔とは後で悔いることです。

でも、後で悔いることができるほど、自分の意思でその道を選択したってことであるわけです。
もし結果がよくなければずっと後悔し続けるのかもしれませんが、それはその時の自分の選択を心から誇れていないからです。
自分の選択に自信があれば、後悔なんて最初から恐れる必要すらないものです。


…なんていうのはかなり難しいですよね。


もしその選択をやり直せるならやり直したい。そういうこともあるはずです。
でもやり直してもそれがいい結果になるとは限りません。
さらに悪い結果になってしまうかも知れません。
そして、その時はいい結果になってもまたすぐに、同じような選択があり、後悔してしまうことになるかもしれません。

人生、必要な時に必要なことが起こる。
そう思います。
その後悔は必要だから起こった。
その人に必要であれば何度も起こると思います。

 

やらない後悔より、やった後悔のほうがいい。
それはやらないほうが、いい結果だったのではと思ってしまうからです。

 大事な事は過去を嘆く「今」ではなく、
「今」を変えようとする未来への意志だと思います。

by  プロポーズ大作戦の教会の妖精


僕も後悔なんてたくさんあります。
あの時に戻って違う選択をしていたら、また違う人生だったかもと思ったこともあります。

でも過去は過去です。

後悔をしたくなければ、自信をもって選択すればよい。
後悔したことを、前向きに受け止めて、必要だったと考えを変えた瞬間から後悔でなくなる。

 
「前悔しろ」
以前に上司に言われた言葉です。
決断する前に、あれこれやらなかった後悔を考えるようにとのことでした。

でもあれこれ考えずに直感で行動するのもありだと思います。


人それぞれのやり方があるからです。

後悔も後悔でなくせることができるなら、結果を恐れずに前に進むことが大事だと思いました。

勇気と奇跡

人にはいろいろな勇気があります。

前に出る勇気
立ち止まる勇気…
後ろに下がる勇気。


前に出る勇気は、今まで止まっていた場所から動き出すわけですから、勇気がいります。

そして動いていたのに立ち止まるのにも勇気がいります。特に順調にいっていたのに、止まる時ほどそう思います。

最後に後ろに下がる勇気。場合によっては逃げるように思えるかもしれませんが、その下がる時の顔は前を向いていると思います。

 

勇気とは強い意志で決めたことです。

自分で、自分の勇気を持って生きればいいと何かでみました。


人間なんて
生きているだけで奇跡なんだ
それ以上何も望むな


アインシュタインに言わせると人生には二つの生き方しかないそうです。

人生には奇跡など何ひとつないとして
生きる生き方

そしてもうひとつは
人生はすべてが奇跡であるとして
生きる生き方

です。


僕は後者を信じています(*^_^*)

魂を癒す

魂を癒すってどういうこと?

あまり聞いたことがないと思います。

でも言われてみれば…。
という内容です。

 

炎は魂を癒すそうです。
だからたき火の前では誰もが沈黙する。

みなさんの中にはアロマキャンドルをされている方もいるのではと思います。
ただ炎を見つめているだけで、なんか癒されている感じがしませんか?
まあキャンプファイヤーなどでは、騒いだりしてしまいますが、確かに炎を見ているだけで、黙って心が落ち着きます。

きっと魂が癒されるとはこのような感覚なのではないでしょうか?

大昔は、食べ物を焼いたり、暖まるためにたき火をしていたと思います。
火をみる機会が多かったのではと。

今は、改めて見る機会がほとんどないと思います。


…あ、誕生日ケーキにロウソクを立てて部屋を暗くして見ました(*^_^*)

あの瞬間も沈黙していましたね。


最近はたくさんのアロマキャンドルがでています。

時には「魂を癒す」という時間を作って、ゆったりするのもいいですね(*^_^*)

我慢と忍耐の違い

「慢」って思い上がりという意味で人の心には、七つあるそうです。(七慢といいます)

では長いですが、説明を…。

 

 「慢(まん)」は、自分より劣った者に対して、「自分は優れている」と自負し、同等の者に対しては「同等である」と心を高ぶらせることをいいます。

 「過慢(かまん)」は、自分と同等である者に対して「自分の方が優れている」と思い高ぶり、自分より優れている者には「同等である」と侮ることをいいます。

 「慢過慢(まんかまん)」は自分より優れている者に対して「自分の方が優れている」と自惚れて、他を見下すことをいいます。

 「我慢(がまん)」は、今では「耐え忍ぶ」というような意味で使われていますが、仏教本来の意味は、自我に執着し、我尊しと自惚れ、それを恃むことをいいます。

 「増上慢(ぞうじょうまん)」は未だ悟りを得ていないのに、「自分は悟った」と思うことをいいます。

 「卑慢(ひまん)」とは自分よりはるかに優れている者に対して「自分は少ししか劣っていない」と思うことをいいます。

 「邪慢(じゃまん)」は自分に徳がないのにも関わらず、あると思って「自分は偉い」と誇ることをいいます。

 


困難に負けず
自分と未来を信じるのが忍耐。

独りよがりに自分の我に執着するのが我慢だそうです。

我慢してるとそれが顔に出る
言葉ではあやまってる
頭も下げてる
でも自分は絶対間違ってない…って顔。


忍耐力って言葉はありますが、我慢力って言葉はありませんよね。
どうしてか…
どんなに我慢しても
我慢=自分が正しいと思っている限り本当の力はつかないからだそうです。

忍耐ではなく、わがままな「我慢」だったことがちょくちょくあります(^_^;)

磁場の影響

 磁場の話ですが、例えばお金持ちのうちは、部屋がキレイに片付いているとか、玄関の靴が家族の分より少ない(下駄箱にしまってある)とかです。
ゼロメートル地帯には住んでいないとか、お金持ちは共通して○~○(数値)の間の磁場に住んでいるそうです。(東京にセレブが固まっている地域もありますよね)
確かに、親が社長の友達や、会社の社長のうちにお邪魔した時になんとなくその雰囲気を感じました。

 以前に携帯からも常に磁場がでているので、早いうちに子供に携帯を持たせると体によくないと聞いたことがあります。

 部屋の四隅にパソコンを置いて、ずっと電源を入れた状態にしておくと、画面から磁場が放出され、三年で癌にかかるとも言われているそうです。


 他にも、何時にうちをでるといい磁場になっているので、運がよくなるとかです。
よく、その場にいると頭が痛くなるとかいう話も聞いたことがあります。これもその場の空気(磁場)の影響らしいです。


 トイレ掃除をするとお金が入ってくるという話ですが、あれは掃除をすると前頭葉が鍛えられ→頭の回転がよくなり→仕事ができるようになり→給料があがる、ということのようです。
それとは別に掃除をすると、磁場がよくなり、運もあがり、お金が入るという話もあります。

 そういえば、キレイな部屋にすると神様の居場所があり、いてもらえると運がよくなるという話も、磁場が関係しているかもしれませんね。

「ハイ、チーズ」

日本やアメリカで写真を撮る時の掛け声です。
韓国では「キムチ」、ドイツでは「ビアー」、そして南米では「ウ・イ・ス・キー」だそうです。
最後の言葉を出した時の表情がその国のよい表情なんでしょうね(*^_^*)

これは人から聞いた話か、本で読んだ話か記憶があいまいですが、写真に写る側の「Vサイン」は、ピースとも言われ、
ピース=peace=平和
つまり、平和の状態であるからのポーズであるそうです。
確かに、ピースをしている時の顔はそういう気持ちが表れているように思います(^O^)

個人的に感じたことは、Vサインと呼ぶと勝利とか何か力がこもった時の気持ちの表れのような気がしました。
今までやってきたことをこれから発揮しにいく、または発揮してきたというようなサインですね。

話はそれましたが、「ピース」ができる、友達関係、周りの環境、自分の心の状態。
カメラを向けられた時に、自然とできるような人生でありたいと思いました(^O^)

石井ゆかりさんの著書とマンガ、バーテンダーからの引用です。

前向きで、ポジティブで、楽天的で、明るくて、開いている。
そういう人はキラキラと気持ちよく見えます。
でも誰もが「そうではない部分」を抱えています。
誰かの暗い部分に触れたり、
あるいは、気づきそうになってドキドキしたり。
そんなときにはちいさな怖れを感じます。

愛や優しさ、美しさや透明感など
「いい」とされるものはかならず
悲しみや苦しみ、
濁った色や闇などの存在を土台としています。
悲しんでいなければ、
誰かが優しくしてくれたことに、気づきません。
誰かの悲しみや弱さが見えたとき初めて、
自分のほんとうの優しさに、スイッチが入ります。

 

自分が辛く、悲しくなった時、優しくしてくれた人に対して本当に感謝している時、実は相手も頼ってくれたことに感謝をしていると、両方の立場にたって初めてわかりました。

痛みは誰かの痛みを癒すことでしか
悲しみは誰かの悲しみを癒すことでしか
忘れられないから。